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 いるかは、高校2年1学期末テストの追試を(全教科!)受けることになり、奈落の底まで落ち込んでいた。
 春海は、あまりにもいるかの追試の多さに、いつもの事だと気にしないふうを努めて装っているふうだったが、ぶっちゃけあきれてしまっていた。


 「おまえなあー…」


 そしているかの頭にすらりとしたキレイな手を(ポン)とのせて、人がいう"冷血"であろう顔で、


 「…とりあえず、スパルタだな」


 つぶやいてみた。


 「ゲッ」


 「ゲッ」という叫びはとりあえず無視し、強制的にいるかを自宅に引きずりこんだ春海は、パーマンな彼女の、もうどうにもならない感じの追試対策を試みようというわけだ。別に他意はない…はず。






 海岸沿いにある春海のマンションは、窓を開けるといつでも潮風が流れてきて、ちょっと、しょっぱい感じがする。


 「わからんわからんわからんよ〜」
 「あばれるなっ、わかんないから教えてんだろっ」
 「でも全教科なんてムリよ、もうあたし、だめなんだあ」


 春海は(里見学習院受験の時よりマシだから)と、いるかを励まそうと頭を撫でようとしたが、いるかの言葉で手が止まった。


 「ナンか、あんときみたいにがんばれないなあ…勉強」
 「あんとき?」


 「ガク中んときの雪山ツアーのときとか、高校の受験ときとかさあ…」
 「たいてい切羽つまんないとやらねーからなあ、おまえは」


 言葉のわりには、やさしく微笑む春海。
 赤くなりながらタバコサイズに小さくなるいるか。


 「ま、今回も充分切羽つまってるけどな…お茶いれてくるから、その問題やっとけよ」


 いるかは何か言いたげだったが、結局、ため息だけにしておいた。






 春海が紅茶をいれて部屋に戻ってドアを開けると、冷たい潮風が出迎えた。


 「ちょっと、さむいなあ」
 「雨、降るかもな…おまえ、傘持ってきてないだろ、帰りに貸すよ」


 窓を閉めたあと、思いのほか外が暗くなっているのに気付く。


 「うげえ、降って来た」


 雨に気付いた彼女が「うげえ」とか言ってても、春海は一切、気にしない(はず)。
 むしろ彼も口が悪い。






 帰りしな、藍おばさん、徹くんコンビとマンションの玄関先ですれ違った。


 「じゃ、また今度ね、いるかちゃんっ」
 「うん、バイバイ。徹くん、今度きたら、みんなであそぼーぜっ」


 兄の春海とは対象的な、くりくりした瞳の徹。
 最近、背丈もいるかと変わらなくなって、言葉も大人びてきた。
 もしかしたら「あそぼう」なんてさそっても相手にしてくれない日が近いのかもしれないけど。


 「じゃあ、気をつけて帰れよな…ホントに送んなくていいのか?」
 「いいよっ、雨だしさ」「傘、ありがとっ」


 いるかは、山本家の傘の中でもできるだけかわいい感じのする(女の子が持ってもヘンじゃない)水色地の白の水玉模様のものを借りることにした。それは、すごく彼女に似合っていた。


 「…似合ってんな」
 「んえ?なに?」
 「やるよ、それ。そんな柄、俺はもう使わないしさ」
 「えっホント!サンキュー」「この傘、春海のだったの、徹くんのかと思った。すごくかわいーね。ていうかこういうの使ってたの、意外じゃんっ」


 春海のそんな一面を知って、いるかはヒヒヒと笑う。
 どうしたもんかと春海は困り顔をする。


 「…けっこー使ってたんだぜ、それ。小学校の時…いや、小学校あがる前にはもうあったような…」
 「ホラ、サイズもわりと小さいし」
 「…」
 「…小さいから、なによ」


 こぶしを作っている。
 こういう時のいるかはカンがいい。


 「…この傘、とてもおまえに、合ってんな。いるか」


 バキッ






 -2- に続く